私が人に勧めるような作品は、誰が見ても間違いなく楽しめる作品であり
間違っても、太古の偏屈オタクが面白いと感じる作品ではない
あんまり人の意見とか引用したくないんだけど
これを読んで、それから自分の記事を見直して、何か書きたくなった
https://note.com/ahhyowwww/n/nb6944caac99a
この言い分も世代ドンピシャ(すこしズレてるけど)なので言い分はよくわかる
なんならこの記事のコメントについてる肯定派のコメントもとてもよくわかる
私はあんまり自分の意見を持つタイプじゃないから、ここはこう思ったとか書けないんだけど
オタク文化の変遷について考える視点は、持ってもいいかなと思った
この記事や、これに類似するいくつかの記事を読んで
いわゆる一昔前のオタクが持つ矜持も理解できるし、推し文化は理解できないので
自分もこいつらと同じかと思ったけど、それでもどこか納得できなくて
私がこういう意見の人と違う視点であるということは間違いなくて
考えていきたい
多分なんだけど
私は古い作品も当時の作品もなろう作品も、いろいろな媒体で長く触ってきたオタクなので
作品のよさ、面白さ、評価というのはいろいろな軸があるということを考えながら見る癖がついているんだと思う
何も考えず見た作品が終わった後によかったなとすっと出てくるものはいい作品だし、人に勧められる
こういう作品だという想定をしたうえでその作品をその評価軸で見たときに、いい作品であればそれは自分にとっていい作品
たとえなろうの原文がカスで読むに堪えないゴミでも、漫画家が神で漫画だけ人にお勧めできるレベルのものはたくさんある
ジークアクスは私の視点ではカスだったけど、あれを良かったという人がいてもいいとは思う
思考はまとまらないけど、超かぐや姫に対して否定的な意見を言う人の気持ちもすごくわかるし、今の若者(と私)に人気であることも理解できる
かぐやの性格だけは理解できないけどね。普通にあんなのが身近にいたら殺意までわくかもしれない。
私は私の作品の楽しみ方をする。
初めて一人称私で書いた気がするけど、やっぱり違和感あるから次回は変わると思います。
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